6月29日のWWE RAWのテーピングにおいて、CMパンクがシュート発言をしたのではないかと話題になっている。こちらがその問題の動画。

CMパンクの発言はシュートか?ワークか?

先ほどの発言を全訳(意訳)すると、こんな感じになる。

ジョン・シナ、そこにできるだけ長い間倒れたままで、オレの話を聞いてくれ。3週間後にオレがお前のWWE王座を持って団体を離れる前に、これまでの歩みを簡単に振り返ってやろう。胸の中から吐き出したいことが、たくさんあるんだ。

オレはお前が憎くないし、嫌ってもいない。バックヤードにいるほとんどの奴に比べると、好きなぐらいだ。オレが憎いのは、お前がベストだっていうアイデアだよ。ベストなのはお前じゃなくて、オレなんだ。この世界においてはオレがベストなんだ。

オレよりすごいところがお前にあるなら、それはビンス・マクマホンのケツにキスすることぐらいだ。お前はハルク・ホーガンがやったように上手くやっている。ドゥエイン(ザ・ロック)に比べると、どうかな。あいつはケツにキスするのがとにかく上手い。これまでもそうだったし、今だってそうだ。おっと、ショーの一線を越えてしまったかな?

オレはこの会社に所属したその日からベストだった。でもポール・ヘイマン以外はオレを認めなかったから、オレは鬱憤が溜まっていった。そうさ、オレはヘイマンのお気に入りさ。他に誰かヘイマンに見出された奴がいたな。そうだ、ブロック・レスナーだ。ブロックが辞めたように、オレも辞めようとしてる。だが大きな違いがある。それはオレがWWE王座を持って辞めるってことだ。

オレはビンス・マクマホンが想像で創り出した世界で地位を獲得しようとしてきた。でも気付いたんだ。それはただの想像の産物で、リアルなのはオレだけってことに。この団体に入ってから去るまでのこの6年間、自分がベストだって事を証明し続けてきた。マイクでも、リングでも、実況席でも、誰もオレの足元にも及ばない。だがいくら証明しても、オレはマグカップのようなグッズにならないし、パンフレットの表紙にも載らない。わずかにプロモーションされるだけだ。映画にも出られないし、くだらないUSAネットワークの番組にも出られない。レッスルマニアのポスターにも載っていなけりゃ、ショーのオープニングに名前も出てこない。

オレはコナン・オブライアンでも、ジミー・ファロンでもないが、彼ら同様に扱われるべきだ。信じてくれ、これは負け惜しみじゃない。だが来年のレッスルマニアのメインを務めるのはドゥエイン(ザ・ロック)で、オレじゃないって事実に、もううんざりしてる。

それからハッキリ言っておくが、今こうやって声援を送ってるお前らも、オレが辞める大きな理由なんだ。そうやってグッズのマグカップを持って、オレが表紙じゃないパンフレットを買って、朝5時の空港でサインをせがんで、それをeBayで売ってる、ろくに仕事もしていないお前らだ。

オレは7月17日にWWE王座と共に去るが、オレの知ったことじゃない。もしかしたら新日本プロレスで防衛戦をするかもしれないし、ROHに戻るかもしれないな。やあ、コルト・カバナ(ROH時代のタッグパートナー)、元気してるか?

オレがここを離れる理由はお前らにあるんだ。オレが出て行った後も、お前らはこの会社に金を注ぎ込むからな。オレは車輪のスポークで、その車輪は回り続けるってことぐらいわかってる。でもビンス・マクマホンは苦しい金を儲けをしてるんだ。あいつは百万長者だが、億万長者にならなきゃいけない。なんで億万長者じゃないかは知ってるだろ?あいつの周りにはあいつの聞きたいことしか言わないジョン・ロウリネイティス(ジョニー・エース)みたいな、機嫌を伺う存在価値のないイエスマンしか置いてないからだ。

ビンス・マクマホンが死んだらこの会社もきっと良くなるって考えたいが、実際はバカな娘(ステファニー)とマヌケな義理の息子(トリプルH)、そして残りのアホな家族に引き継がれるだろう。

ビンス・マクマホンについての個人的な話をしよう。知っての通り、あのひどいキャンペーンは・・・(ここでマイクの電源が切られる)

 

暗黙のコードからシュートを読み取る

結論から言うと、このプロモ(マイクパフォーマンス)はワークだろう。しっかり次回PPVへの伏線を張りつつ、ファンに対して憎まれ口を叩くヒールも演じている。ただその発言内容にはシュートも含まれていると見て間違いなさそうだ。

われわれにスクリプト(台本)を覗くことはできないが、WWEの暗黙のコードからどれぐらい逸脱しているか見ることで、シュートの度合いを測ることはできる。パンクは今回の発言で3種類のコードを破っている。

1つ目は、契約の話を持ち出したこと。「試合に負けたらクビ」といったアングルはよくある話だが、パンクの契約期間が7月までで、契約更新のサインをしていないというのは事実のようだ。WWEは過去に契約と王座を巡って、ブレット・ハートと揉めた苦い経験がある。その一部始終は「レスリング・ウィズ・シャドウズ」というドキュメンタリー映画に収められた。離脱することが決まったレスラーのタレントイメージを傷つけるようなストーリーを書かないという協定も存在するぐらい、レスラーにとっても会社にとっても繊細な問題なのだ。

しかしパンクがベルトを持ち逃げするという話は、少しの前の放送から続いている。つまりここは元々アングルであり、しかも相当リアリティを持たせた演出であると推測できる。現時点で実際の契約がどうなっているかまでは、誰も予測できない。

2つ目は、体制批判。これは妙にリアルである。ビンス・マクマホンを貶すのは大丈夫そうだが、経営方針に対して口出ししたことは問題ありそうだ。裏方のジョン・ロウリネイティスの名前がショーに出てくることは今までなかったし、トリプルHがマクマホンファミリーとしてプロデュース業に関わりつつあることも、ファンは知らないことになっている。

それからドゥエイン・ジョンソンことザ・ロックに対する批判も、次回のレッスルマニア出場を取りつけたばかりのWWEにとっては、おもしろくない発言だろう。もしWWEが映画製作に力を入れていなければ、ハリウッドに行ったザ・ロックと友好関係を続けられていたかは怪しい。

3つ目は、WWEと関係の切れたレスラーの名前を出したこと。これはWWEの番組を使って他企業のタレントをプロモーションしたということになる。パンクが口にしたブロック・レスナーはWWEが散々プッシュしたにも関わらず、今は商売敵のUFCで格闘家として活躍している。WWEにとって不当な理由で退団したレスラーなどは、記録自体を抹消されることもあるぐらい、過去のタレントの扱いには敏感なのだ。

特に後の2つはストーリーに直接関係ない発言であり、コードに引っ掛かったのではないかと思われる。

 

CMパンクというキャラクターの元ネタ

CMパンクというレスラー像についても、少し触れておいた方がよさそうだ。

インディー団体のROHからWWEに移籍した当時の彼を、WWEのオフィサーであり長年実況席に座っていたジム・ロスは「ランディ・サベージのようなカリスマ性」と評価した。確かにパンクはこの6年間で性格俳優的なトップヒールに成長した。今回のパンクの発言にあった「ベスト」とは、長い時間リングで闘っても、長い時間マイクを持っても、ファンを飽きさせない、ついその表情を追ってしまうようなレスラーのことである。

レスリングスタイルはパンクがリスペクトする日本のプロレスや総合格闘技からの引用が多く、かなりオリジナルに忠実な形で取り入れている。これはROH時代にプロレスリング・ノアと交流していたことも影響してそうだ。元ネタがあまり伝わっていないアメリカでは、パンクのスタイルはオリジナリティがあると解釈されている。

またエントランスで”What’s Time?”と腕を耳に当てたあとの”It’s Clobberin’ Time!”という雄叫びは、ファンタスティック・フォーのメンバーでもある”The Thing”の台詞で、アメコミからの引用である。

こういったさまざまなジャンルのネタに、「ストレート・エッジ」のギミックを組み合せることで、CMパンクというキャラクターは形づくられている。

Straight x Edge

 

ストレート・エッジの意味するもの

パンクの「ストレート・エッジ」(SxE)思想を唱えるキャラクターは、彼自身のライフスタイルを反映したものである。日本の放送では「禁欲主義」と訳されているが、東海岸のハードコアパンクシーンをルーツに持つ、かなり具体的な生き様を指した言葉である。行川和彦「パンク・ロック/ハードコア史」によると、「”禁酒”、”禁煙”、”禁カジュアルセックス”、これがストレート・エッジ三ヵ条である」。

Minor Threat / Out Of Step (1983)

Minor Threat / Out Of Step (1983)

フガジのリーダーで知られるイアン・マッケイがマイナー・スレット時代に発表した曲”Straight Edge”(歌詞)がその名の由来であり、”Out Of Step”(歌詞)という曲に哲学が込められているとされる。

ROH時代のエントランステーマを演奏するAFIは「ストレート・エッジ」のバンドだし、現在のエントランステーマを演奏するKillswitch Engageもメンバーに2人のヴィーガンがいるゴリゴリの「ストレート・エッジ」である。

それからバンテージにあるXマークも「ストレート・エッジ」の証しとされている。D.C.のライブ会場で、未成年に飲酒させないために施した目印にしたことが発祥で、今は逆に「酒なんてマズいもん誰が飲むかよ」という「ストレート・エッジ」側の意思表示に変わっている。

この「X」のスペルは、Xスポーツなどの言葉に応用されるように、エクストリーム(eXtreme)の意味を含んでおり、ハードコアスタイルの暗喩になっている。ハードコアパンクのシーンと、同じくハードコアを標榜していたECW(Extreme Champion Wrestling)などのレスリング団体は、どちらも反商業主義のインディペンデント・カルチャーであり、共鳴するところが多い。パンクがECWの創造主であるポール・ヘイマンの「お気に入り」であったことは、当然のことなのかも知れない。

「ストレート・エッジ」のストイックさは、ヒールのキャラクター設定として秀逸だった。またリアルライフが健全であることは、企業コンプライアンスを高めたいWWEにとって、破滅型で素行不良なレスラーよりよっぽど安心なのだ。

パンクの「ストレート・エッジ」に対する真剣さは、腹部に大きく施された”STRAIGHT EDGE”、両手の指の”DRUG FREE”、”Out Of Step”のジャケットに描かれている「黒い羊」のタトゥーからも伝わってくる。そしてCMパンクという「黒い羊」は、ビンス・マクマホンを取り巻く「白い羊」たちの群れから、今にもはみ出しそうなのだ。

 

マーク/スマートというセグメント

WWEのマーケティングとその歴史についても振り返っておかなければならない。

WWEが独自のマーケティング手法を持っていることは広く知られるところである。簡単に言うと、会社が提供する番組を何の疑いもなく楽しむ「マーク」と呼ばれるセグメントと、フォーラムなどを隈なくチェックし、会社が仕掛けるアングルを先読みして楽しむ「スマート」と呼ばれるセグメントがある。「マーク」は若年層やファミリー層や女性から構成される大多数なのに対し、「スマート」は長い間WWEを見続けており、インディー団体の情報にも通じている少数の男性層である。WWEはこれまでこの2つのターゲットに向け、戦略をうまく使い分けてきた。

80年代はテレビ進出を契機に、ハルク・ホーガンをトップに据えたファミリー向け路線を推し進めた。しかしその人気はアメリカ国内で大きな問題となったステロイド疑惑と、競合団体によるレスラーの引き抜きによって低迷することになる。90年代は「アティテュード」と呼ばれる路線に変更し、ターゲットを「スマート」層に向けた。そこでストーンコールド・スティーブ・オースチンというキャラクターが大ヒットし、ザ・ロックが登場した。ビンス・マクマホンはWWEのチェアマンというそのままのキャラクターを演じ、毎週のようにリングで受け身を取っていた。00年代に突入する頃には、気がつくとレスリング業界における独占企業になっていた。

CM Punk - Behind the Scene

このターゲット設定はファンのニーズだけでなく、契約先のテレビ局のレーティングからも影響を受ける。ここ数年はPG(12歳以下向け番組)に合わせなければならないため、「アティテュード」時代に比べると随分ソフトな作りの番組になった。トップにはファミリー層に人気のジョン・シナを据えて、多数派である「マーク」向けのマーケティングに徹している。

こうした思い切った戦略にファンが付き合ってくれるとは限らない。「スマート」の心も「黒い羊」のように、少しずつWWEから離れはじめている。

ジョン・シナは「マーク」層にとっては絶対的なベビーフェイスだが、「スマート」層にとっては会社からプッシュされ続ける優等生であり、嫌われ者である。その結果、シナはショーの中で、「マーク」からの黄色い声援と、「スマート」からの妙にドスの効いた”Cena sucks!”コールが入り交じる中、アンビヴァレントな役柄を演じさせられている。これに対してパンクは、ヒールを演じながら、「スマート」から支持されており、ちょうど真逆の位置関係なのだ。

だから「スマート」層は今回の件に熱狂した。CMパンクとは「スマート」たちが久しぶりに本気で気持ちを投影できるキャラクターであり、彼らの代弁者なのである。

 

WWEのオンラインマーケティング

WWEは90年代後半からマーケティングにインターネットを積極的に活用してきた。

あくまでも選択肢の中での予定調和ではあるが、ファンにオンライン投票してもらって対戦カードを決めるという連動企画もあった。影響力のあるフォーラムの動向はいつも伺っているし、ファンの興味を強く惹いている話題や、リークしてしまって収集が付かなくなった噂を、ストーリーラインに取り込むことだってある。公式サイトとfacebookにはライブチャットも用意してる。

しかしレスラーや業界のキーパーソンたちによるソーシャルメディア利用が一般的になったことで、これまでのオンラインマーケティングが根底から覆されそうとしている。

ヒール/ベビーフェイスの設定も関係なければ、所属する団体も関係ない。それはソーシャルメディアにおけるクリシェの通り「島宇宙を越えてドライブ」する。あるレスラーが違うレスラーに「今日はあそこのジムに行くよ」とメンションをする。共通の話題に対してコメントし合えば、もちろんそこにはストーリーラインに対する率直な感想も含まれてくる。それをいち早く「スマート」層のユーザーがキャッチし、自分の見解を付け加えて発信する。それがファンに伝わっていくスピードと影響力は、フォーラムでしか語られていなかった時代よりもはるかに大きなものである。

そして関係者のソーシャルメディアにおいて、今回のCMパンクに対する絶賛が止まないのだ。

Time To Go To Sleep...

 

CMパンク事件はレスリング界のソーシャルメディア革命か?

ビンス・マクマホンはその発言がアンプロフェッショナルであるとして、パンクを無期限の謹慎処分にすると発表した。これまでも解雇や謹慎など、契約がアングルに含まれることは何度もあった。ただその場合、公式の情報に手が加えられることはないが、今回はパンクの名前が公式サイトから早々に消され、次回PPVのページでもパンクとシナの対戦カードだけが削除された。しかし次の週、その一度消された情報が、また元の状態に戻ったのだ。

WWEに影響力のある人たちが次々とソーシャルメディアで反応したことが、今回の事態からパンクを救った可能性は高い。クリシェを重ねると、これはレスリング界における「ソーシャルメディア革命」と言えるような出来事ではないかと思っている。

当日ゲストとして出演していたスティーヴ・オースチンは、ツイッターで「言い方、内容、態度、どれも今まで見たなかで最高のプロモの一つだった」とコメントし、少し経ってから「なぜCMパンクが自分のTシャツを着ていたのかはわからないけど・・」と付け加えた。

ジム・ロスも「素晴らしいプロモは、暗記したスクリプトではなく、心の底から話したときに生まれる。」とブログに書いた。

かつて同じ問題で揉めた経験のある(先述のドキュメント「レスリング・ウィズ・シャドウズ」の)ブレット・ハートは、パンクの重要性をドラマ”The Office”の主人公を降板したスティーブ・カレルに例え、その離脱を惜しんだ。

ショーン・マイケルズは「最高!昔のレスリングに戻ったようだ」とつぶやき、クリス・ジェリコは「おめでとう!今夜、歴史が作られた」と評価し、カート・アングルも「最高水準のプロモだった」とツイートし、離脱者の話では自分の名前も出して欲しかったことを語った。またJBLはfacebookで「すごい!こんなの初めて見た」とコメントし、ツイッターで「これがワークだろうが、シュートだろうが、関係ない」と付け足した。他にも大勢、とにかくどこを見渡しても大絶賛なのだ。

ビンス・マクマホンは「CMパンクを謹慎処分にしたのは、あいつが私のツイッターのアカウント名を間違えたからだ」と、ビンス一流のジョークでツイートしており、本心は掴めそうにもない。

気になるドゥエイン・ジョンソンことザ・ロックだけが、「ザ・ロックがレッスルマニアに出れる理由は、お前が稼ぐ一生分の金を一晩で稼ぎ出すことができるからだ」とマジレスで反論した。

 

「黒い羊」の聖なる脱出

結論をもう一度繰り返すと、これはワークの中のシュートだろう。ある程度プロモの発言内容はパンクに任されていたはずで、その役割をきっちり果たしたが、真実味を出しすぎて、パンク本人が言ったとおり「ショーの一線を越えてしまった」。しかしこれが予想以上に話題となったので、WWEもこれに便乗したということで間違いないと思う。なのでアングルにも大きな変更はなさそうだ。ただ大きく違うのは、そこに含まれるリアリティである。

この次の週のRAWでは、シナが「どうしても次回PPVでパンクと試合をしたい」とビンス・マクマホンに頼み込み、元の予定通りタイトルマッチが行われることになった。このことによってパンクの謹慎は解かれた。(そしてこの流れで公式サイトの情報も元に戻った。)さらにシナが負ければ、その場でクビにされるという条件も追加された。

この対戦には「パンクの聖なる脱出」(Punk’s Exodus)というテーマが改めて与えられた。この言葉に、あの「黒い羊」とパンクの姿を重ねることができる。見所は、パンクが地元シカゴで門外不出のベルトを持ち出すことができるかどうか。そして「スマート」の間では、この脱出劇がどこまで仕組まれたものなのかが話題になっている。そして何よりも、このアングルを心から楽しんでいる。

次回のPPVの売り上げは、ソーシャルメディアの影響や、「スマート」層のニーズに対する価値基準となるだろう。ビンス・マクマホンにとってレスリングはどこまでもビジネスであり、それが彼のレスリング哲学なのだ。

Will CM Punk be out of step with WWE championship?