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"Wittgenstein" Derek Jarman (1993)

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『論理哲学論考』地図

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』地図

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『論理哲学論考』第2階層までのリスト

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』

1. 世界は成立していることがらの総体である。

1-1. 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
1-2. 世界は諸事実へと分解される。

2. 成立していることがら、すなわち事実とは、諸事態の成立である。

2-01. 事態とは諸事態(もの)の結合である。
2-1. われわれは事実の像を作る。
2-2. 像は写像されるものと写像の論理形式を共有する。

3. 事実の論理像が思考である。

3-01. 真なる思考の総体が世界の像である。
3-1. 思考は命題において知覚可能な形で表される。
3-2. 思考は命題で表現される。そのさい、思考に含まれる諸対象に命題記号の諸要素が対応する。
3-3. 命題のみが意味内容をもつ。名は、ただ命題という脈略の中でのみ、指示対象をもつ。
3-4. 命題は論理空間の中に一つの領域を規定する。この論理的領域は、もっぱらその領域の構成要素の存在、すなわち有意味な命題が存在することによって、保証されている。
3-5. 使用された ——— すなわち思考された ——— 命題記号が、思考である。

4. 思考とは有意味な命題である。

4-01. 命題は現実の像である。
命題は現実に対する模型であり、そのようにしてわれわれは現実を想像する。
4-1. 命題は事態の成立・不成立を描写する。
4-2. 命題の意味とは、事態の成立・不成立の可能性と命題との一致・不一致である。
4-3. 要素命題の真理可能性は、事態の成立・不成立の可能性を意味している。
4-4. 命題は、要素命題の真理可能性との一致・不一致を表現したものにほかならない。
4-5. ひとが予見不可能な(すなわち構成不可能な)形式をもつ命題など存在しえない。このことは、一般的な命題形式が存在することを示している。「事実はかくかくである」 ——— これが命題の一般形式である。*

5. 命題は要素命題の真理関数である。(要素命題は自分自身の真理関数である。)

5-01. 要素命題は命題に入力される真偽項である。
5-1. 真理関数は一列に順序づけられる。これが確率論の基礎となる。
5-2. 諸命題の構造は互いに内的関係にある。
5-3. すべての命題は要素命題に真理操作を施した結果である。
真理操作とは、要素命題から真理関数を作る方法である。
5-4. ここにおいて、「論理的対象」すなわち「論理定項」(フレーゲとラッセルの意味における)は存在しないことが示される。
5-5. いかなる真理関数も、要素命題に次の操作を反復適用した結果である。
(——— 真)(,・・・・)
これは右の括弧内のすべての命題を否定したものであり、私はこの操作をこれら諸命題の否定と呼ぶ。
5-6. 私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する。

6. 真理関数の一般形式はこうである。 これは命題の一般形式である。

6-1. 倫理学の命題はトートロジーである。
6-2. 数学とはひとつの論理学的方法にほかならない。数学の命題は等式であり、それゆえ疑似命題である。
6-3. 論理学の探求とは、(可能な)すべての法則性の探求にほかならない。そして論理学の外では、いっさいが偶然的である。
6-4. すべての命題は等価値である。
6-5. 答えが言い表わしえないならば、問いを言い表わすこともできない。

7. 語りえぬものについては、沈黙せねばなるまい。

# * 一部省略
# 第3階層のものでハイフン(-)以下1桁が0の章(x-01)も、節(x)の補足として成り立っているものは掲載。