今をときめくヒップホップチーム Odd Future こと Odd Future Wolf Gang Kill Them All(OFWGKTA)。彼らはその音楽性やリリックだけでなく、出現の仕方、オンラインメディアの使い方も興味深い。その名の通り、彼らを見てると、今まさに「奇妙な未来」(Odd Future)が目の前で起きているような気にさせられる。

Odd Future, Wolf Gang もしくは Golf Wang

Odd Future Wolf Gang Kill Them All


TYLER THE CREATOR- Summer Camp Mix 2011 by Soundblob.Radio

この音源は Odd Future の創造主タイラーこと Tyler, The Creator が、この夏に配布したDJミックスである。MCで悪態はついているものの、この悪童のイメージから程遠いミックス(トラックリスト)から伺い知ることができるのは、彼が純粋にネプチューンズに憧れて、曲を作ったりラップを始めた、ごく普通の少年だったことである。

彼らの最初のミックステープ”Odd Future Tapes“が配られたのは2008年のこと。その後、タイラーのミックステープ”Bastard“が Pitchfork などのメディアで絶賛され、2009年12月にはアルバムとして XL Recordings から正式にリリースされる。そして次のタイラーのアルバム”Goblin“で彼らの人気は爆発する。

まずタイラー本人のオルターエゴである Wolf Haley によって撮られた、悪趣味全開の”Yonkers“のプロモーションビデオが公開された。これを Kanye West が絶賛し、最終的には MTV ビデオ・ミュージック・アワードでベスト・ニュー・アーティストに選ばれるまでに至る。初テレビ出演のライブでは Jimmy Fallon の背中に乗ったタイラーが画面に向かって舌を出し、Mos Def が”SWAAAG!!!!”と絶叫した。これらが起爆剤となり、”Goblin”はビルボードのアルバムチャートで5位に初登場した。

またメンバーの中でも人気のR&Bシンガー Frank Ocean が Jay-Z と Kanye West のプロジェクト”The Throne“に大抜擢されている。

現在までの彼らの略歴を急いで説明すると、大体こんな感じである。

OFWGKTA

 

「夢」によって解体される日常

現象としての Odd Future を例えるのは、簡単なようで難しい。グループ単位で活動するのではなく、自由にコラボレーションするチームであることから、ウータン・クランやアンチコンと比較されるが、ウータン・クランほどファットではないし、アンチコンのようなヒップスターでもない。しかし、その両方を兼ね備えているようにも思える。

こうしたマッチョ/ナードであったり、オーバーグラウンド/アンダーグラウンド、ヒップホップ/他ジャンル、社会性/幼児性、異性愛者/同性愛者など、今までのヒップホップにおいて垣根とされていた隔たりを、気負いなく越えられるスタイルは、彼らの先進性を表している。

またタイラーのリリックは、すべて「夢」の中での出来事ということになっている。これはエミネムの「全部パロディーでやってる」という設定のように疑ってかかっていいかも知れない。そのリリックでは、家庭、仲間、スケートボード、ウィード、セックス、ドラッグといったロウワーの若者のありふれた日常が、猟奇的とも言える「夢」によって解体されている。

SYFFAL のインタビューによれば、タイラーはチルウェイヴを好んで聴くらしい。たしかにチルウェイヴ周辺の音は、幻想、幻覚、そして「夢」に形容される。その微睡んだ音の響きが、今の時代に共通する空気感である、と言ってしまうと単純化しすぎだろうか。例えば、Odd Future のアンチクライストな態度などは、決してゴシック趣味ではなく、チルウェイヴ/ウィッチハウス界隈のアーティストがフリーメイソンリー界隈の文化を好んで引用する感覚に通じているはずであり、同時代的を感じずにはいられない。

また NME ではチルウェイヴに加え、フレンチジャズ、古いサントラ、ライブラリー音源、そして Joy Division が好きと答えている。タイラーの陰鬱なあの「夢」は、かつてのアンダーグラウンド・ヒップホップにおける閉鎖感ではなく、イアン・カーティス(Joy Division)のヴィジョンに近いと思えば、妙に納得がいく。

さて、ここから先の彼らの音楽性については、歌詞を詳しく分析したこちらの素晴らしい記事”OMAG! OFWGKTA!!!“をチェックしてもらいたい。またメンバーの基本情報とソーシャルメディアのアカウント、音源の入手については”The Odd Future Wolf Gang Bible“がよく整理されているので参考にして欲しい。

最初に触れたように、ここでは彼らの出現の仕方、特にオンラインメディアの使い方について見ていきたいと思う。

どのような芸術形式の歴史にも危機的な時代があるが、その危機的な時代には、問題の芸術形式は、技術のスタンダードが変化しあたらしい別の芸術形式が生まれてはじめて自由に発揮しうるような諸種の効果を、むりやりにめざすものである。とくにいわゆる衰退期にあらわれる常軌を逸した状態、なまのままの未熟な状態は、事実、きわめて充実した歴史の力の中心から生まれてくるものなのだ。
ヴァルター・ベンヤミン『複製技術の時代における芸術作品』

Tyler, the Creator

 

ヒップホップにおけるミックステープ文化史

先述の通り、タイラーの最初のアルバム”Bastard“は元々ミックステープとして無料配布されていた。この「ミックステープ」という言葉にもさまざまな定義があるが、ここではヒップホップの文化圏における「ミックステープ」のことを指している。

ミックステープはヒップホップの歴史の中で、メディアを変えながら、常に重要なプロモーション手法であり続けてきた。その起源は、70年代後半のヒップホップ黎明期、ハウスパーティーやブロックパーティーを録音したカセットテープがストリートで売られていた時代にまで遡る。やがてそれは、ミックステープを作って売ることを目的にしたもの、つまりDJによってミックスまたはエディットされ録音された音源という、現在の定義に落ち着いていく。

レーベル面に”for promotional use only”と書かれたホワイト盤のレコード(プロモ盤)を見かけたことがあるだろうか。あれは発売前の音源がプロモーション用に少なめにプレスされたものである。それをDJが気に入れば、ミックステープに収録され、それがプロモーションになるというわけである。

90年代には、メディアがカセットテープからCDに取って代わる。そしてある程度の機材が揃っていれば、誰でもCDに録音してパッケージングできるような環境になった。その頃から、特にDJミックスされていない、アーティスト本人が自分の楽曲をアルバムのような形式でまとめた音源集も、ミックステープの意味に含まれるようになる。文化人類学的な意味で「世に出ている音源はほんの一部である」という言葉が用いられるが、それはミックステープの市場を見渡しただけでも充分納得がいく。

しかしヒップホップが売れるコンテンツと認識されて以降、その状況は一変する。ヒップホップのアーティストと契約をしているレコード会社にとって、こうしたミックステープの伝統は都合が悪いものでしかない。その違法性が問われるようになってからは、レコードショップやDJが検挙された例もある。また他方で、ミックステープはヒップホップのゲーム(シーン、ビジネス)においては秩序が保たれている。そういった状況の中、現在も世界各地のショップやストリートでミックステープは堂々と売られ続けている。

そして00年代に突入してから、また新たな異変が起きる。50Cent、T.I. をはじめ、Gucci Mane、Drake、Wiz Khalifa、Curren$y、そして今回取り上げた Odd Future と、これまでにないほどミックステープ出身のアーティストが増えたのだ。もちろんこれは、近年の制作環境の変化によるものが大きいが、もう1つの要因として、ミックステープの流通がオンラインに移行したことも考えられる。

まだミックステープ通販サイトも数多く存在するが、現在の主流は楽曲ダウンロードサイトによる配布である。その中でも特に高いマーケットシェアを占めるのが Datpiff というWebサービスである。

OFWGKTA's mixtapes

 

オンラインのミックステープ文化

まず Datpiff は影響力のあるアーティストと多くのミックステープを取り込むことに成功した。それから、レコードショップに売られていないミックステープは無料であるべきという、みんながなんとなく思っていたことを、「アーキテクチャ」として実現させてみせた。

Datpiff

Datpiffではユーザ登録を済ませれば、ミックステープが1日3本まで無料ダウンロードできる。また有料のプレミアムユーザになると、無制限でダウンロードできるようになり、ダウンロード速度も早くなるという、典型的なフリーミアムモデルが採用されている。

アーティストは Datpiff に50ドル支払うことでスポンサー契約ができ、サイト内において優先的にプロモーションをしてもらえる。また PiffBoost というサイトでは、DatPiff の閲覧数、ストリーム数、ダウンロード数を販売している。いかにも公式に認められてなさそうなサービスだが、その存在は Datpiff での評判の重要性を証明しているだろう。

ローレンス・レッシグが『CODE』において提唱した四規制力説によれば、オンラインのサービスは「アーキテクチャ(コード)」「市場」「法」「規範(マナー)」の4つによって規制される。Datpiff の場合、「市場」における条件は他の音楽系サービスと同じだが、フリーミアムモデルの楽曲ダウンロードサイトという「アーキテクチャ」の中に、ヒップホップのゲームにおける「マナー」を取り込んでおり、それによって「法」で禁じられている可能性があるコンテンツを守っているという、特異な構造をしている。

例えば、他のヒップホップアーティストのトラックを使うことは、レコード会社からすると無断利用になるが、ヒップホップの「マナー」においてはアーティストに対するリスペクト表明と見なされる。ヒップホップ文化から出てきた Datpiff では、当然同じ「マナー」が採用されている。

「法」はそう簡単に変わるものでもないし、ヒップホップの「マナー」もずっと長い間、ホメオスタシス(恒常性)の状態である。そうなると問題は、みんながどんな「アーキテクチャ」を選ぶか、ということになってくる。

電網界(引用者註:電子機器を経由して人と人の関係が構成される世界)ではこの物理的近接性に縛られる必要がないために、このフィードバック・サーキットが社会全体という枠で働くことはありません。国民的な常識という枠で収束していた帰還回路はそこまで解き放たれてしまうのです。
『ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇』-「情報時代の保守主義と法律家の役割」白田秀彰

GOLFWANG

 

組み合わされる「アーキテクチャ」

Odd Future の各メンバーは情報発信ツールとして Tumblr と Twitter を使っている。(”The Odd Future Wolf Gang Bible“にアカウント一覧がある)。またオフィシャルサイトはゲートウェイになっていて、更新は基本的に Tumblr で行われており、動画や画像が日々アップされる。そしてこの Tumblr からも、楽曲やミックステープを配布している。

話を次に進める前に、代表的な「ファイル共有ストレージサービスの比較」をまとめたので、確認したい。

ファイル共有ストレージサービスの比較

ファイル共有ストレージサービスの比較

上の図において、「embed」とはページに貼りつけてストリーミング再生できること、「ストリーミング再生」はそのサービス内でストリーミング再生できることを指している。ダウンロードできる/できない、embed できる/できない、ストリーミング再生できる/できない、といった指標は、「アーキテクチャ」による規制のさじ加減であり、それがサービスの使われ方に影響する。

Odd Future の Tumblr では、楽曲単位だと SoundCloud にアップしたものを embed し、ストリーミングだけさせたい場合は Tumblr の Audio タグを使って embed、ダウンロードさせたい場合は Hulkshare などでファイル共有している。ミックステープの単位だと、まずジャケットを貼り付け、ファイルは Mediafire や MegaUpload といったストレージに置いて、ダウンロードできるように誘導している。

またプロモーションビデオを公開する場合、通常は YouTube にアップするが、YouTube でアンセンサード扱いになってしまうものは、もっと検閲が緩い Vimeo にアップして、それぞれ Tumblr に貼り付けている。

こういったサービスの使い分けは、利用する人たちに自然と備わったリテラシーである。その文化における「マナー」に従い、「アーキテクチャ」を組み合わせることで、目的に合った使い方にたどり着いている。そして Odd Future が選んだのは、少し前までスタンダードな音楽系サービスであった MySpace(タイラーの MySpace アカウントもずいぶん前から更新が止まっている)ではなく、Tumblr とファイル共有ストレージサービスの組み合わせだった。

GOLFWANG

 

ストリートのWebサービス

またローレンス・レッシグは『FREE CULTURE』において、オンラインにおけるブートレグ(海賊盤)の流通について触れ、ファイル共有を4つに分類して説明している。

それをまとめたのが、下の表である。

ファイル共有の4分類

ファイル共有の4分類

「法」による規制、レッシグによる「評価」に加えて、参考までに「政治思想とその許容範囲」という指標を添えてみた。

「A コンテンツを買う代用」は、P2P技術を利用したファイル共有において、繰り返し語られてきた問題なので、ことさら説明は不要だろう。P2Pのサービスだけじゃなく、先ほど挙げたようなWebサービスのファイル共有でも、この定義に含まれるファイルはやり取りされている。

「B プロモーション利用」は、ミックステープをはじめ、レビューサイトでの曲紹介、アンオフィシャルにリエディット(もしくはリミックス、リワーク、レタッチ)した音源の配布もここに含まれるだろう。何らかの形でプロモーションになるものは、「アーティストにとって有益」であるというのが、レッシグの評価である。

「C 手に入れられない、もしくは取引コストが高すぎるレア盤」は、例えばレア盤をリッピングしたMP3の配布などが、これに当たる。90年代初頭のレアグルーブ文化は温故知新の素晴らしいムーブメントだったが、その一方でレコードの価格高騰をもたらした。レッシグが「文化にとって有益」と評価している理由は、こういったリアルにおける市場の問題がオンラインで解決されるからである。

また高価なレア盤の購入と、ヒップホップの本来の「マナー」の齟齬も、よく指摘されるところである。ヒップホップの創世記の神話、ウエスト・ブロンクスのブロック・パーティーにおいてDJたちが持ち出した二台のターンテーブル、そして二枚使ってブレイクビーツを編み出したディスコのレコードは、どちらも元々家にあったことが重要である。大げさに言うと、楽器の購入が高すぎる買い物でなければ、ヒップホップは誕生しなかったかも知れない。

「D 著作権のない作品、もしくは著作権所有者が無料配布しているコンテンツ」は、先に説明したプロモ盤などの発売前の音源や、インディペンデント系のアーティストの音源などを指す。

ここで指摘したいのは、最悪のケースの「A」も、合法的な「D」も、同じサービスが利用される可能性があるということである。ファイルの中身がどんなものであろうと、ファイル共有ストレージサービスの「アーキテクチャ」に抑止力はないのだ。

そして、どうやらWebサービスにも品格のようなものがある。音楽系Webサービスを利用したプロモーションの方法として他に思い当たるのは、楽曲のストリーミングとダウンロードができ、売りたい場合は販売価格も設定できる、つまりWebサイトでアルバム形式を再現できる優秀なサービス Bandcamp がある。またアーティスト支援のためのファンドサービス Kickstarter も利用することができるだろう。しかし Odd Future のBボーイ・スタンス(ヒップホップ的な態度)からすれば、Kickstarter はもちろん、Bandcamp でさえ少しお上品すぎるのだ。

ストリートからオンラインに「マナー」が持ち込まれ、それに従って「アーキテクチャ」が組み合わされて使われることで、「ストリートのWebサービス」とでも言うべき体系ができつつある。

“Odd is our Future.”

彼らは極めてカジュアルに「アーキテクチャ」選び、組み合わせ、利用する。その姿も Odd Future が10年代における最新型のヒップホップに見える理由である。

I just wanna talk, and conversate...

 

Bonus Beats:OFWGKTA 音源集

せっかくなので、Odd Future 関連の音源も簡単にまとめてみた。
タイラーの”Goblin”以外、無料でダウンロード可能だが、Datpiff はユーザ登録する必要あり。
まずはこのコンピから。

タイラーの代表的な作品を3つ。

タイラーが無理なら、このあたりがお薦め。どちらも名盤。

MellowHype は最新作よりこっちのミックステープの方が好き。

Frank Ocean の現段階での最新シングル